賢治/やまなし
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賢治とわたし


賢治「いえね、ちょっとばかりひと休みをしようと思って樅の木の切り株にこしかけたんですよ。そうしたら、とつぜん私の作品を朗読している声がきこえるじゃありませんか。あれは確か、蟹、いや、やまなしという題にしましたっけねぇ……。その声ははじめはもぞもぞもぞもぞ、どうもブッポウソウが念仏でも唱えているみたいな暗い声で、でもだんだんはっきりしてくるのです。聴こえてきはじめると私もおもしろくなってほんの少し、いちにいさんと数える位の間、瞼をとじて聞いてみたのです。私はこれを朗読しているのが誰なのか知りたくなり、確かめようと思って目を開きました。すると、あたりの様子はすっかり変わってしまっていて、もうわたくしはびっくりしてしまいましたよ。」
「おや、誰かと思ったら、……誰ですか。」
賢治「あ、これは失礼いたしました。私は花巻の下根子に住んでおります宮沢賢治という者です。」
「え、宮沢賢治? ……でもどうしてこんなところに? あなたは何十年も前に亡くなったはずじゃありませんか。」
賢治「それが私もわからないのです。突然こんなところに来てしまって。……福地さんところの肥料の調合を今夜中に済ませなければならないのに。」
「そうですか、困りましたね。……でも私は嬉しく思います。なにしろ私は賢治ファンなのですから。」
賢治「ファンですか。嬉しいですね。岩手毎日新聞を読んでくださったのですね。岩手の中で新聞を読んでいる方もそれほど多くないのに、あなたのところへ来たのは何かの縁かもしれませんね。」
「いえ、ここは岩手ではありません。1996年の東京です。」
賢治「えっ、私はわけも分からない内に東京まで来てしまったのですか。」
「そのようですね。」
賢治「……」
「……」
賢治「ほっほう」
「どうしました?」
賢治「あ、気にしないでください。私は突然声を出したくなるときがあるのです。」
「……はあ。」
賢治「私は帰らなければなりません。何かいい方法はありませんか。」
「花巻なら、上野から新幹線が出ていますよ。」
賢治「新幹線とは何ですか。」
「列車のとびきり速いやつです。それに乗れば三時間余りで花巻に着くはずです。」
賢治「それに乗れば、1926年の花巻に着けますか。」
「いや、それはちょっと。」
賢治「そうですか。」
「……こういうのはどうでしょう。私がもう一度やまなしを朗読しましょう。その間、目を閉じてみてください。私の声が聴こえなくなってから瞼を開けてみれば、もしかすると元に戻っているかもしれません。」
賢治「なるほど、それはいい考えですね。では早速目を閉じましょう。」
「待って下さい。せっかく来たのだから、そんなに急がなくても。私はあなたに聞きたいことがあるのです。」
賢治「なんでしょう。」
「やまなしという作品には、五月と十一月という二つの章がありますよね。」
賢治「新聞では五月と十二月と印刷されてしまいました。でもあなたはどうしてもともと十一月だと分かったのですか。」
「それは話すと長くなるので割愛します。で、やまなしが登場するのは十一月のほうだけなのに、なぜ題名がやまなしというのですか。」
賢治「うーん、それは、これがやまなしの話しだからです。わたしは黄金色に光る透き通ったたべものをみなさんに差し上げたかったのです。そのたべものの象徴としてここではやまなしが主人公になっているのです。」
「では、蟹が主人公ではないのですね。」
賢治「主人公でないというわけではありません。つまり、蟹は私たちみんなのことなのです。生まれ、生活し、死んでゆく私たちみんなです。わたしたちみんなにすきとおった食べ物が、いつか与えられますように。私はそう願ってやみません。」
「そうですか。」
賢治「では、目を閉じますので、朗読してください。」
「待って下さい。他にも聞きたいことがあるのです。」
賢治「私は早く帰らなければいけないのです。」
「肥料の設計ですか。」
賢治「ええ、肥料の設計をきちんとしておかないと天候不順になったときに対応できないのです。」
「1926年でしたっけ。1926年は、それほど天候不順にはなりません。来年の1927年はひどい不順になります。」
賢治「どうしてそんなことがわかるのですか。」
「それは、ここが1996年だからです。」
賢治「そうですか。……来年ですか。」
「そんなことより、やまなしについてもっと教えてください。」
賢治「どうしてやまなしにこだわるのですか。」
「私の卒業論文なのです。やまなしについての研究を、原稿用紙百枚ぐらい書かなければならないのです。」
賢治「私の作品を研究するより、田中智学先生の本を読みなさい。私の作品は、智学先生の本を農民の人でも分かりやすいようになおしただけだから。」
「いえ、私は宗教学科ではなくて国文学科なのです。そして私はやまなしについて研究しているのです。」
賢治「では、何が聞きたいのですか。」
「やまなしの初稿はいつ書いたのですか。続橋達雄さんという研究者の方は1922年5月頃と推定されています。」
賢治「そんな、憶えていません。原稿用紙を見れば書いてあるかもしれません。」
「いえ、原稿用紙には書かれていませんでした。どうして書いておいてくれなかったんですか。後の研究者が苦労するんですよ。」
賢治「そんなこと言われても。私の作品がいつ書かれたかなんて、どうでもいいじゃないですか。新聞に載った日なら分かります。」
「1923年4月8日付け、第三面第五段途中から第七段までですね。そのくらいのことは資料が残っているから分かるのです。」
賢治「そうですか。……お役に立てなくて。」
「いえ、こちらこそすみません。賢治先生を責めるつもりなんてまったくなかったのですが、卒業論文がなかなかすすまなくて少しいらいらしてしまったのです。本当にすみません。」
賢治「いえ。でも、私はほんとうにもう帰らなくてはいけないのです。」
「そうですか……。」
賢治「では、こうしましょう。どうしても私に聞きたいことがあったらやまなしを朗読してください。私は目を閉じて樅の木の切り株に座ります。それで瞼をあければきっとまたこの部屋に来ることができるでしょう。」
「なるほど、それはとてもいい考えです。」
賢治「でもあんまりたびたび呼ばないでください。ただでさえ私は忙しいのですから。」
「分かりました。今日はこのくらいで。それでは先生が帰れるように今からやまなしを朗読するので、目を閉じて下さい。」
賢治「はい。閉じました。」
「では朗読しますよ。……小さな谷川の底を写した二枚の青い幻燈です。……一、五月。二疋の蟹の子供らが青じろい水の底で話していました。『クラムボンはわらつたよ。』『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』あ、そうだもう一つ、クラムボンって一体何ですか。……あれ、……どうやら、もう行ってしまったようですね。無事に1926年の花巻に到着したのでしょうか。もうこれ以上読まなくても構わないのでしょうか。でも、やはり途中でやめるのは気持ち悪いので続けて読みましょう。……『クラムボンは跳てわらつたよ。』『クラムボンはかぷかぷわらつたよ。』上の方や横の方は、青くくらく鋼のやうに見えます。そのなめらかな天井を、つぶつぶ暗い泡が流れて行きます……」


賢治と私
私の部屋で落ち込む賢治とそれをなぐさめる私
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